小豆とボーンと古時計

  • 2020.04.14 Tuesday
  • 16:36

 何を隠そう、最近の私は秘かに「餡づくりの名人」と呼ばれている。嘘じゃない。グルメとして名高い先輩編集者や放送界の女性たちにも、太鼓判を押されているのだ。といっても、私が手づくりした餡を未だ味わったことのない人には信じられない話だろう。それはともかく、先だってどうして餡づくりに嵌ったのかと酒飲み友達に質問され、はたと私は考えた。なしてだろう?

 確かに樹木希林さんが主演の映画「あん」は面白かった。が、あれほど大鍋にいっぱい作らなければ、餡は美味しくないだろうと餡づくりは諦めていた。色々な店で餡だけ買ってみたけれど、好みの味に出合えず、探すのを諦めていたこともある。などなど考えているうちに、ふと思い出されたのが、円山エリアにあった「フジヤ子鹿時計店」である。

 あれは4年ほど前、正月が過ぎた1月半ばだったと思う。朝日の連載「さっぽろレトロ建物グラフィティー」でも紹介したが、1959年頃築というモルタル木造2階建ての一角を借りて、うら若き時計職人だった山崎薫さんが、奥の修理コーナーでルーペを覗いていた。モダンな着物が良く似合う薫さんが,時計職人というのが訝しく思って質問してみると、もともと「フジヤ時計店」の創業者が引退し、店内に骨董部門「子鹿屋」が開設されたのは2001年。当初はスタッフだった薫さんが、時計修理の免許を取得し、07年から古時計店専門店の職人として店を守ってきたという。店内を見渡してみると、壁にはゼンマイ仕掛けの柱時計が幾つも並び、ボーンと鳴る音が時々聞こえてくる。なぜか寺山修司の映画「書を捨てよ町に出よう」に登場した柱時計のシーンが思い出され、奇妙な感覚に捉えらえたものだ。 

 そんな時、彼女はいきなり、「お餅もあるので餡を食べませんか? 私も頂くので」と私に問う。夕方の4時過ぎで、小腹が空いていた私は、にすぐに肯いた。やがてクラシックな塗りの椀に入った鏡餅を切り崩したような餅とと手づくりの餡が入った古風な塗りの椀がお盆で運ばれ、二人で食した。未だつぶつぶが残っている餡は手づくりらしい素朴な味で、とても美味しかった。けれど、薫さんの横顔をじっくり眺めると、とても薄幸そうに見えた。2階に住んでいるというので、幸せな結婚をしているのかと思い込んでいたが、そうでも無いらしい。昨年の暮れだったか、その近くを通りかかると、古い建物はすっかり無くなっていた。風の噂では、彼女はその前に病気で亡くなったという。たった一度の出会いだったけれど、なぜか幽霊に遭遇したような不思議な感覚が今も私に付きまとう。そして、最近、彼女にご馳走になったあの時から、餡を作る気になったことに気づいた。縁なのだろうか。

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